南関尋常高等小学校々歌(現南関第一小学校)は、北原白秋の作詞と山田耕筰の作曲とによって制作されました。
白秋の伯父石井隆承(りゅうしょう)は、町長時代に詩人として名声を博する存在となっていた白秋に校歌の作詞を依頼していました。
しかし、当時の白秋は詩人として活躍し多忙であったため校歌作詞の件はのびのびになっていました。
昭和12年4月、隆承危篤の報に接した白秋は、自分をかわいがってくれた伯父の存命中にこの約束を果たそうと、急ぎ3節からなる校歌を作詞し、徹夜で仕上げて電報で発送しました。32通の電文に書かれた校歌は、隆承が亡くなった4月18日の翌日に到着し、町葬の霊前に供えられました。
この後、校歌は白秋と日ごろ親交のあった山田耕筰によって作曲されました。
白秋と耕筰による当校歌の歌詞と楽譜は、ともに直筆であり、南関町にとって極めて貴重な文化財です。

北原白秋直筆「南関尋常高等小学校々歌 歌詞」

山田耕筰直筆「南関尋常高等小学校々歌 楽譜」
指定年月日/指定数
平成18年8月28日/各2葉



